あわただしく日が過ぎ気がついたら7月も終わりです。相変わらずバタバタしていたら庭はマツバボタンが大侵略を遂げています。
そして、その中にすっと伸びた葉が見える、雑草です。その昔この辺り一帯牧草地でした、その名残の雑草がすくすくと育っているではありませんか。
きまぐれに1本、また1本と抜いていたら10センチにも満たない雑草ですが手にいっぱい。
まだまだあります、家のすぐ近くには一つもないのにしっかり根を下ろしているのでした。
「油断もすきもない」とはこのことです。
見方を変えればタラパパが庭の管理を怠っていたということなんですね。
いまさらながら、人間って勝手なもので、自分の落ち度を何一つ認めず他人のせいにする。
これが「性」と言うものでしょうか。
日々の生活に追われ目の前のことで精一杯のこのごろ、母の口癖を思い出しました。
「人のふり見てわがふり直せ」
少し前に「ジコチュウ」って言葉が流行りましたね。「最近の若者は...」ってのも。
新聞を見ていると、簡単に人を傷つける、命を奪う、思わず目をそらしたくなる事件や事件じゃないけれど他人をとやかく責める、己の責任は、企業の責任はどこにってのも...
世代に関係なく殺伐とした世の中になりました、そこまで大げさに言わなくてもなんともやるせないことが多すぎるこの頃です。
手にいっぱいの雑草を見て、「ああ、雑草といえども命があったのだ」なんだかんだいって自分も同じことをやっている、やっぱり、「ジコチュウ」なんだ、油断もすきもあったもんじゃないと自己嫌悪に落ちるのです。
家の裏に行ってみたらジャガイモの花が咲いていた。倒れないように支柱をつけられ大事にされている、こちらは可愛い花をつけ、そのあとは空腹を満たしてくれる、良い子。雑草だって家畜の飼料になって遠回しだけれど人間の役に立ってるのに、こうも扱いが違うのか。
今日も支離滅裂...
「思いつくまま」綴ってみました。